私が面接を落とされ、廃刊したフリーペーパー雑誌から学んだ読まれる文章とは

タイトが長い!絶対これ検索エンジンで省略される奴だ

SEO業界に身を置く人間にしてはあるまじきタイトルの長さですが、どうしても書きたかったので仕方ないよね。

最近は、キュレーションサイトがなりを潜めてきており、ひと昔前と比べていわゆる”まとも“なコンテンツが増えてきているように思えます。

先日読んだ、待機児童問題を解決するために保育園にインタビューに行ったという記事も素晴らしかった。

男性保育士に「うちの子を着替えさせないで」。保育園の様々な問題を、現場に行って色々見てきた

良いコンテンツが増えてきている現状は、手放しで喜ぶべきことではあるのだろうけども、どうしても!どうしても一つだけ言いたいことがある!

お願いだからもっと”読みやすい文章“で書いてくれ!良い記事がもったいない!

とある面接の場で

先日、とあるコンテンツマーケティングを専門に扱っている会社の面接を受けた。
自分にとって昔からあこがれの会社で、面接に落ちた今でもまだ入社するのをあきらめていない。

そんな面接の場で、自分はこのような発言をした。

今後、多くの人に読まれる文章の形式の一つが「対話型コンテンツ」だと思う

この考えは今でも間違っていないと思うし、今ではある程度ちゃんとした答えを持っている。

ただ、その当時はなんとなく読みやすいからという安易な考えのもとでの発言だった。

すると、面接官(というか社長)からこんな突っ込みをもらった。

なんでそう思うの?

「この料理おいしいです」といった発言に対して、「なんでおいしいと思うの?」と聞かれたかのような衝撃が走った。

その時は、ただなんとなく「読みやすいから」「読んでて楽しいから」といった適当な理由しか自分の中でもっておらず、面接官が満足する答えを出せなかった。

答えに窮していた自分に対して、その面接官はこういった。

確かに、「対話型コンテンツ」というのは手法の一つとしては有効。
だけど、「なぜ、そのコンテンツ手法が良いのか」に対する理解が浅すぎる
(な、なるほど・・・)
もっと「なぜ?」を深く追及する癖をつけるといいよ。
そうすればもっと良いコンテンツが作れるようになると思う

そういって、面接は終わった。

最近、面接で聞かれたなぜ対話型コンテンツが良いのかに対する一つの答えが見つかったので、ぜひとも話したい。

無料の娯楽であることの罠

みなさんもご存じのとおり、Webにあるコンテンツはほとんどが無料だ。

つまり言ってしまえば、Webコンテンツは駅で配られているフリーペーパー雑誌みたいなものだ。

多くの人の”目に留まる“が”読まれる“とは限らない。

今年の4月に廃刊となるR25というフリーペーパー雑誌がある。

この雑誌は文字通り「25歳の男性をターゲット」にしたフリーペーパー雑誌となっており、無料とは思えないほどクオリティが高かった。

自分は高校生のころからR25が大好きで、毎週木曜日はR25を持って帰る(在庫がないことも多数あった)のが恒例だった。

しかし、ある日を境に、R25を読まなくなった。

決して、飽きたわけではない。その理由に毎週木曜日になるとR25を取りに行っていた。

しかし、取るだけで満足し、中身を読まないor読んでも流し読みすることが多くなっていた。

これが無料で得られる娯楽の欠点だ。
無料で得たものに対する執着は、人間は恐ろしく低い。

これが例えば毎週発行の有料雑誌だったら話は違っただろう。
支払ったコストの分だけ元を取ろうとしたはずだ。

しかし、R25は無料。
こっちは何もコストを払っていない。
だから、いつしか、自分は手に取ることさえやめた。

おそらく、これは自分一人だけではないのだろう。
発行当初は駅に並んだそばからなくなっていたR25が、5年後には隔週発行に。
11年後には月1発行に。そして13年で廃刊になった。

無料の娯楽とは、読者にとって制作者が思っている以上に”軽いもの”なのだ。

Webコンテンツはすぐに読み捨てられる

Webにあるコンテンツは基本的に無料だ。
つまり、読者側から提供しているものは0になる。

無料で配れたおもちゃが面白くなかったら、あなたはどうする?

そう、すぐに捨てるよね。

ここで落ち着いてほしいのが、

つまり、楽しくて読まれるコンテンツを作ればいいんだろ!何度も聞いたわ!

と、いきなり答えを出さないでほしい。

読まれる文章というものには、まずその前提があるのを理解しているだろうか。
そう、“読む”という行動の前には”見る”という動作が入るのだ。

ここで最初に問いの答えが出る。

Q.なぜ、対話型コンテンツは多くの人に読まれるのか?
A.人は、読む前に見るという動作が入る。
そのため、対話型コンテンツは見やすい形で構成されやすく、人間にとってストレスのない表現技法だから

極論、対話型コンテンツにこだわる必要はない。
要は”読まれる文章を作りたいなら、まずは見やすい文章を意識しよう“というだけなのだ。
その答えの一つに、対話型コンテンツというものがあるのだと思う。

あくまでもゴールは”読みやすい文章”を作ることであって、対話型コンテンツを作るのが目的ではない。対話型コンテンツは手法の一つにすぎない。

と、いう考えに行きつきました。

自分の中の「なぜ?」を追求しきれてないですが、これが「コンテンツマーケティングの成功法」の一つなのかなと思っています。

最近はコンテンツの質を重要視する傾向が強く、「どういうものが読みやすいのか」に対する研究が足りてないところが多いように思う。

これは編集者・ブロガー・ライター、全ての層に言えることです。

先日も、とあるライターに対して

なんで納品してくる文章に改行・段落分けしないの?読みにくいと思わないの?

といった指摘をしたら

読みやすさなんて考えたこともなかった

と、言われました。

考えましょう!文章の読みやすさ!もっと研究していきましょう!
じゃないと、いつかAIが作ったコンテンツに負けちゃうかもしれないですよ。

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ABOUTこのブログを書いている人

いくつになっても生魚が食べられない20代。焼き魚は大好き。 SEO会社で働いており、コンテンツマーケティングを担当。 記事も書けて、ディレクションも出来るWebディレクターを目指してます。