分からないと言うのは恥だが役に立つ

1文字○円で書いてもらった記事をGoogleが評価しない理由。今や熱意のある文章を書けることが、最強のSEO対策になりつつあります。

この記事が会社で上司から回ってきました。

上司から回ってくる前にすでにRSSリーダーで記事自体は読んでたんですが、特に気になることもない記事だったんで普通に読み飛ばしてたんですよね。

SEOとしての「熱意のある記事の良し悪し」は置いとくとして、Googleが検索上位に出すサイトに関しては熱意なんてあやふやなものではなく、明確なルールをGoogleは提示してます。

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それは自分がSEOをメインに仕事をしていたから知識をもっているのですが、そうじゃない人は知らなくて当然でしょう。

そういう人たちにとって「熱意をもって書くことは結果的にGoogleが認めているSEO要件を満たす可能性がある」といった内容は素晴らしいと思います。ごもっともです。

ただ、SEOを専門に扱う会社の上司が参考になるよと上記の記事のURLを送ってきたのがちょっと気になりました。
個人的には、あらゆることにおいて熱意に頼りすぎるのはちょと危険なのではと思っています。

その道に詳しくない人ほど熱意に頼る

上記の記事を書いた人の考えが間違っていると言いたいわけではなく、あくまでも自分の個人的な考え前提で話を進めて行きます。

2015年12月15日、記憶に新しい人も居るかもしれませんが、電通の社員だった高橋まつりさんが過労の上、自殺をした悲しい事件がありました。

過酷電通に奪われた命、女性新入社員が過労自殺するまで

電通という会社はご存知の方も多いように体育会系、徹底された上下関係の元、様々な事業を進めている広告代理店です。
自分の身内にも元電通社員、現電通社員と電通に関係している人が2人いるので、良い話も悪い話も耳に入ってきます。

自分も広告業界に身を置いている以上、この業界でどういう形で仕事を進めており、どんな無理難題が降りかかってくるのかは理解しています。

電通、博報堂、サイバーエージェントなど、主要な広告代理店を挙げればきりがありません。
今回の事件が氷山の一角なのかどうかも、関係者でもない警察でもない自分には分からない部分です。

また、とある代理店は「9割のコネと1割の天才」で構成されていると一部で噂されています。
広告代理店に居る人=全員があらゆる広告のプロではないのです。
それは自分の居る会社でも同じです。

自分のいる会社ではチームによって扱う広告も違います。
自分はネイティブアドやコンテンツマーケティングをメインにしていますが、別のチームはアフィリエイトやリスティング広告を担当しています。
自分はそっち関係の知識は多くないです。

上司によっても知識の量は違い、「たたき上げ」と呼ばれる形で出世した人も居れば、「知識はないけど人を使うのが上手いから」出世した人も居ます。

自分が所属しているような中小企業でも、たまに「それマジで言ってる?」と言いたくなるようなことをクライアント(代理店)or上司から言われるので、日本有数の代理店はもっと過酷なのでしょう。

ワガママを言うクライアントがいる、現場の知識がないから無茶を言う上司がいるのはどこの世界でも共通ですね。

熱意に頼るのは「分からない」から

人間には他の動物にはないと言われている「恥」という気持ちが存在します。
恥をかいた人間はバツの悪い顔をして、遠くへと去っていきます。

なぜならその場に居続けるのが「恥ずかしくて」耐えられないからです。
「穴があったら入りたい」というのは誰もが経験したことありますよね。

原始時代において、「恥をかく」ということはある種の追放と同じことでした。
そして今と違い、生活可能エリアが非常に狭かった時代において追放されること=死でした。

今の時代では「分からない」と言うことは自分の知識不足をさらけ出すことに繋がり、それはつまり「恥」につながります。
既に人間の原始時代の体験から「恥をかく=死につながる」ことを知っていると仮定した場合、「分からない」とは言いたくないのが人間の心理ですね。

そこで逃げに使われがちなの「熱意」です。

熱意ほど不確定で「なんとなく」しているものはない

過去、スポーツの時に水分補給を禁止する体育教師や部活動の教師が多くいたそうです。
水分補給が体に対していかに大切で、水分補給を怠った場合死につながることは現代ではだれもが知っていることです。

しかし、彼らがいた時代はそのような知識があらず「自分がそうだったから、今の生徒にも同じこと(水分をとらせない)をする」がまかり通っていました。

先生、辛いので水飲んでいいですか?

と言った生徒に対して

飲むな!気合で頑張れ!

と言い返していたそうです。恐ろしい世界ですが、これも熱意の一種ですね。

水分を取るべきかどうか分からないし、分からないというのが教師として恥ずかしいから「熱意」でごまかしている。
人間は物事への理解度が低いほど、熱意などのあやふやで「それらしいもの」に頼りがちです。

分からないと言うのは恥だが役に立つ

ガッキー可愛かったですね、あのドラマは。

分からないというのは自分の未熟さを認めるので、確かに恥ずかしいです。
が、人間には「教育欲」と呼ばれる他人に対して何か教えたい欲というものが存在します。

なにそれー、知らない!

と言って

知らねーのかよお前バカだなー。あ?手に持ってるスマホで調べろよ

と、言ってくる人もいれば、

しょうがないなぁ、○○ってのはね・・・

と教えてくれる人もいます。

一度知ることができれば、それに関して二度と恥をかくことはありません。
そこからさらに相手に質問を重ねれば「逆に相手の知らない部分を引き出して恥をかかせる」ことも出来ます。

恥をかかせるる言えば聞こえは悪いですが、要は恥をプラスマイナス0に出来る可能性もあるってことです。
それについて一緒に調べればお互い知識が増えてWin-Winじゃないですか。

良いじゃないですか、知らないことは知らないと言えば。
「知ったかぶり」するよりかは何倍もマシですよ。

「知ったかぶり」をして、知識を持った人から指摘をされて恥をかくらいなら、「知らないと」正直に言って知識を持った人からの指摘をありがたく頂くのがベストなのではないでしょうか。

ただ、知らないって言ったひとを露骨に馬鹿にする人は、この世から1ミリの痕跡も残さずに消えて頂ければなと思います。

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ABOUTこのブログを書いている人

いくつになっても生魚が食べられない20代。焼き魚は大好き。 SEO会社で働いており、コンテンツマーケティングを担当。 記事も書けて、ディレクションも出来るWebディレクターを目指してます。